南阿蘇大復興祭の軌跡

南阿蘇大復興祭2016

 

地震によってたくさんのモノを失ってしまった。けれど、「人と人の繋がりだけは守りたい」その想いで熊本地震があったその年に、南阿蘇大復興祭を開催した。準備期間は約2ヶ月。その2ヶ月間には様々なストーリーがあった。

学生団体「阿蘇復興への道」は、地震後に学生が全国各地で募金活動をして集まったお金を、南阿蘇村に寄付する目的で結成された。目的を果たした後、せっかく集まったメンバーで動き出したこの団体を解散するのはもったいないと、復興活動へと動き始めた。

 その頃、震災を受けた大学の今後も決まっていない状況だった。東海大学農学部が阿蘇にできて40年。40の間に培われてきた人と人の繋がりだけは守りたいと、村の人達と協力して行っていた夏祭りや大学の建学祭のような祭りを開催することを決意した。それが「南阿蘇大復興祭」の始まりだ。学生たちが動き始めると、阿蘇での生活で繋がった村の人たちも集まって全力で協力してくれた。代表はとにかく突っ走っていたという。しかし、考えや意見の違いによりだんだんとメンバーが団体から離れていってしまった。そんな状況の中、この祭りをする意味はあるのかと自問自答する時期があったという。それでも「何かしないと何も無くなってしまう」と思い動き続けた。祭り当日は、県内外からたくさんの人たちが来てくれた。テレビや新聞などにも取り上げてもらい、多くの人たちに阿蘇の良さを知って貰えた。阿蘇に大学が必要なことも知ってもらえたと感じた。

 

南阿蘇大復興祭2017

 

初代代表から引継ぎ、「学生と南阿蘇の人との繋がりだけは続けていきたい」という想いで、南阿蘇大復興祭開催へと動いた。この年から阿蘇での生活や熊本地震を経験していない1年生が入学してくる。経験していない世代にどう熊本地震や阿蘇の魅力を伝えるか、準備を進めていく中で後輩との交流の時間を大切にした。祭りの前日、台風が阿蘇を直撃した。約1年、準備に時間をかけ作りあげてきた祭りだけに諦めきれない気持ちもあった。しかし、安全を第一に考え中止を決断した。中止となってしまったが、祭りを作りあげる過程で、阿蘇や熊本地震を知らない後輩たちから『阿蘇はすごい』『阿蘇が好きになった』などの声を聞くようになり、団体内での目標は達成したと思った。

 アーティストのご厚意で、1月に南阿蘇の体育館でライブを開催した。寒い阿蘇に温かい時間が流れた。

 

南阿蘇大復興祭2018

 

バトンを受け取った2年生は、大学入学後2週間で地震に遭い、阿蘇を離れることになった学年だ。先輩の背中を見て活動してきたが、祭りを開催できるかとても不安だった。けれど、学生がいなくなった阿蘇の人たちに元気になって貰いたい、地震があっても変わらない阿蘇の魅力を多くの人に伝えたいと想い開催を決意した。

そのために、とにかく阿蘇を歩き回り準備に動いたという。その熱い想いに村役場や村の飲食店、大学、阿蘇の復興を想う人達が繋り、協力の輪が広がっていった。

 

復興祭当日は大学関係者や阿蘇を知らない大学生、村の子供たちもたくさん来てくれて、みんなの笑顔をたくさん見ることができた。県内外からもたくさんの来場者があり、少しずつ復興している阿蘇の様子、変わらない阿蘇の魅力を伝えることができたと感じた。